路地うらのユートピア
寺田侑=著
定価:本体1800円+税
判型:四六上製238頁
発行日:2023年3月

 本書のカバー作品に、赤松麟作の「夜汽車」(明治三十四年=一九〇一年)をえらんだのは、これまでこの作品が中学・高校の美術の教科書にかならず載っていたからではない。それは、だれでも知っているという消極的な理由にすぎない。
 未だ油彩画になじみのなかった庶民の前に、象徴的な一番安い夜汽車に坐り、間もなく夜が明ける一瞬を群像画として現前したからでもある。それもこの場面は、どこにでもいる明治の人びとをモデルとしたことである。
 なぜここまで言及するかといえば、同時代をテーマにした数多の油彩画・挿し絵があるとはいえ、ほとんどが説明的画風に終わっていて、その時代のよってきたる肝心なところが希薄になっているからだ。「夜汽車」には、これがあった。
 同じように、本書を付き合ったいただいた読者にはすでにおわかりのように、本書のテーマの洗い出しの過程でも、顧みれば、同様の思いがあったことにお気づきと思う。どういうことかといえば、〈都市論〉の賑わいのなかで、肝心なところが脱落しているのではないか、と気づき、書き始めたのが、本書の主要文章であるからだ。
 一言で言えば、「わたしたちは、東京をどのように生きたのか」ということであり、それを情報(データ)の域に止まらず、時代の身体性に深く根ざした「記憶」の発掘によって、「どのように生きた」のかが明らかになるからである。ただし、実情は、依然として貧相のままであると思える。
ISBN978-4-909269-18-8 C0095 ¥1800E